3/16/2022

2022/3月の散歩(長岡)

味の民芸でお昼

長岡百穴からハイキング



裏山に登る道がありました


竹の新緑がきれいです
フキノトウの畑がありました
瓦塚古墳入り口です
大小30基もの古墳群です
中でも一番大きな瓦塚古墳は、きれいな前方後円墳です
円形部から台形側を見ています
ここから林の中を歩いて、文化の森に到着
公園をぐるっと周遊して帰ってきました



3/13/2022

2022/3月の散歩(雨引観音)

雨引山楽法寺 雨引観音へ、3人目の孫の安産祈願
河津桜が五分咲きでした
145段の石段は俗に「厄除けの石段」といい、一段一段登るごとに「南無観世音菩薩」と称号を唱えて登れば、145段を登りつめた時、厄が落ちるといわれています。
仁王門
用明2年(587年)梁の国人の法輪独守居士によって開かれた、厄除延命安産子育の霊験あらたかな延命観世音菩薩(国指定重要文化財)を本尊佛として、おまつり申し上げる坂東観音霊場第二十四番札所の名刹である。
ご本尊 -延命観世音菩薩- の御誓願は、ひとびとの病気を癒し、延命長寿を与えたまう息災延命の本願に住し玉いますので、安産子育・やくよけ延命の祈願の効験、ことにあらたかであるといわれております。
天平年中(730)第四十五代聖武天皇ならびに、光明皇后は法華経を書写して当山に奉納しご安産をご祈念あられたところ功験あらたかであったので、当山を安産祈願の根本道場と定めて勅願寺となされ、三重塔を造建せられた。
嵯峨天皇の弘仁12年(821)夏、大旱魃が国中を見舞うや、天皇は親ら写経し給い、当山に納めて、ひたすら降雨を祈らせられた(天皇の御染筆は寺宝として現存)天皇の御願むなしからず国中は大雨に潤い五穀ために実ったので御感浅からず勅命によって当山の山号を雨引山と定め勅額をくだし賜った。
筑波山
水子地蔵

建長6年(1254)宗尊親王の建立ですが、寛延4年(1751)2月炎上したので、寛政4年(1792)幕府旗本鈴木氏の寄捨黄金700両を得て再建された奥の院



延命水の泉の脇に立つ埴輪
埴輪から少し登ると、壷臘稲荷
開山の法輪独守居士が開創の折に、この土地神 壷臘稲荷大明神 を勧進し祀ったそうです。
そのさらに先には、開山堂があり、開山僧 法輪独守居士、国文学者で第二十世 恵岳上人、第二十四世 元盛上人を祀っています。
学業成就、進学成就の御利益があるそうです。
本尊延命観世音菩薩の袖よりしたたり落ちた聖水といわれる延命水があります。延命の御利益あらたかだそうです。
この霊泉の水を飲むとき観世音菩薩の霊力がその身に加わって、 延命長寿の功徳を頂戴出来るといわれており、遠近各地より延命水拝受の参詣者が絶えません。又、この霊泉はいかなる旱魃にも水渇れることなく、 千四百余年の今日に至るまで清らかな浄水をたたえて、参詣者に御利益を与えています。

古歌に

ひとしずく
  手にむすびなば 雨引の
    命を延ばす 薬井の水

と詠ぜられており、広大無辺な観世音菩薩の大慈悲心を、この延命水が具現していることを示しております。

午前中の仕事の後訪れたので、雨引山への登山は、次回にします





3/09/2022

2022/3月の散歩(筑波山)

筑波山大御堂(おおみどう)から見上げる筑波山
ここは坂東三十三観音の札所だが、今日はご挨拶無く通過
お隣の筑波山神社で登山安全祈願をし、御朱印をいただき随神門を後にする

今日の予定は、筑波山神社山門から白雲橋(しらくもばし)コースで、女体山を目指す


実質的な登山道入り口


右手はロープウェイの麓駅のつつじが丘へ向かう迎場(むかえば)コース
左手の白雲橋コースを進む
白蛇弁天
筑波山の南面は、とにかく樹木が美しい

稲荷神社
登りの道中は、まだ半分手前





あと1キロ

ロープウェイをくぐり、おたつ石コースと合流
ここでおにぎりタイム
ここからは尾根道となり、奇岩・怪石が続く
弁慶七戻りと言われる不安定な岩

高天ヶ原
母の胎内くぐり
陰陽石
国割り石
出船入船
裏面大黒
渡神社
あれが目指す女体山山頂。かなりハードかも
残雪でぬかるんだ登山道は、滑りますよとアドバイスをいただく
北斗岩




屏風岩
安座常神社
いよいよ女体山頂への登頂が始まる
大仏岩
土浦、霞ケ浦方面の眺望
助言通り、ぬかるみで足場が悪い
登頂!
標高差約610mで、標高877mまで来ました
筑波女ノ神、伊奘冊尊(イザナミノミコト)を祀る女体山御本殿




女体山から男体山へ向かう
せきれい石
中岳神社
男体山、標高871m
筑波男ノ神、伊弉諾尊(イザナギノミコト)を祀る男体山御本殿
男体山を一周する自然研究路は、工事のため封鎖されていました
帰路はケーブルカーに沿った御幸ヶ原コースで、無事に帰還
今までの低山とは違う標高差で、ハードな登山でした